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涸沢岳西尾根

  • Posted by: Hachiro
  • 2016-12-24 Sat 16:24:04
  • 穂高
年末が近づいてきました。
今年も冬の穂高を目指す方がおられるかと思います。

その「冬穂高」を登るに際して、最もよく辿られるルートといえば「涸沢岳西尾根」。

以下、その涸沢岳西尾根についての雑感です。

1612_参考081229_西尾根全景tx
(穂高牧場より 赤ラインが涸沢岳西尾根ルート)



「涸沢岳西尾根」(「涸沢岳西山稜」とも)は、冬穂高のメインルートとされています。
およそ無雪期には辿られることのないこの尾根が、なぜ冬期にはメインルートとされているのか?
それはひとえに「雪崩の危険回避のため」といえるでしょう。

例えば奥穂高岳へ登ることについて考えてみると、夏には一般的である涸、岳、白出という「沢」の名のつくルートは冬期には「雪崩の巣」となり使えないとされています。
(ほんとうにそうなのか?という考察はまた別の機会に…)
それゆえ冬は「尾根」を辿るのが基本となり、奥穂へのルートとしては・北尾根〜前穂〜吊尾根〜奥穂 ・西穂〜奥穂 ・涸沢岳西尾根〜奥穂などが考えられるわけですが、冬の北尾根や西穂からとなると高いクライミング技術と経験がなければとても踏み込めません。
その中にあって涸沢岳西尾根だけは唯一、特別な技術を必要とせずに(と書くとかなり語弊はありますが…)登り降りできる穂高の冬ルートであるのです。

例えば涸沢岳西尾根でロープが必要か?ということを考えてみると、“使った方がよい”場所や状況はあるにせよ、実際には現状大多数の登山者がロープは使わずに登り降りしています。
また雪崩に関しても西尾根でその危険を感じるのは一ヶ所だけ(F沢のコル上部のルンゼ)で、そこもルートの取り方によりほぼそのリスクは回避できます。

では、西尾根は「安全な冬ルート」といえるのでしょうか?

答えは「ノー」だと思います。
少なくとも私個人は冬の西尾根を「安全」とは、とうてい思うことはできません。
むしろ隠されたリスクの非常に多い、かなりシビアなルートであると思っています。
それはもちろん「雪」という不安定なものが介在する以上「安全な冬山」など本来あり得ない訳ですが、その中においても涸沢岳西尾根は独特のリスクの存在する厄介なルートだと思うのです。

事実このルートで命を落とされた方は決して少なくはありません
しかもそのほとんどが山の実力者の方たちばかりです。
その中には私の大切な友人(…先輩であり、兄貴であり、憧れの人物であった山岳カメラマン 岡田昇氏)を喪った遭難もありました。



では私が考えるこのルートで最も警戒が必要なこととは何かというと、それは「雪庇」に対するもの。

雪庇に対する注意なぞは雪山のイロハのイですから、当然そこはケアされるべきポイントです。
それに雪庇は、そうと分かって注意さえすれば回避可能なリスクとも思われます。

ところが、涸沢岳西尾根での雪庇は状況次第ではそう簡単な話とはなりません。



161218 西尾根_両雪庇
(2016/12/18 蒲田富士にて)


この写真は今月の半ば過ぎに西尾根を登ったときのものですが、先頭を行く者の前方の雪庇が左右に向きを変えて張り出しているのがお分かりになるでしょうか。
この場所は蒲田富士の雪稜を涸沢岳へと進み、「F沢のコル」へと降りるピーク(北西尾根とのジャンクション)の手前になります。
その年の積雪量や雪の積もり方によって変化はあるものの、この場所はこうした「両雪庇」となる場合が多くあります。
そうなると、写真のような晴天時であればともかく、数mほどの視界しかないような状況下ではルートファインディングがとても難しくなります。

そしてその箇所の雪庇は、登り(蒲田富士から涸沢岳へと向かう場合)の場合は比較的確認し易いですが、下りの場合はちょっと分かり難い。
さらに当日のピストンではなく、他ルートからの(あるいは奥穂冬期小屋で滞在後に)下山路としてトレースがない状態で踏み込む場合にはことさら注意が必要です。
(ここでの事故はほとんどすべてこのケースでしょう)

つまり蒲田富士付近の雪稜での雪庇の踏み抜き事故は、単純な雪庇への不注意から生じるのではなく、時に複雑な張り出し方をしている雪庇へのルート取りの難しさによるものからと考えられます。

ですから、視界不良時にこの雪稜に踏み込むのは特に避けるべきです。


161218 西尾根_両雪庇_2txt
(2016/12/18 西尾根・北西尾根ジャンクションより蒲田富士方面)


この写真の赤で囲んだのがその「両雪庇」になりやすいところ。

この付近での事故は過去にいくつもありました。
その事例のひとつは、岐阜県警山岳警備隊隊長である谷口光洋さんの手記(「長期にわたる遺体収容」)をお読みいただきたいと思います。



西尾根の事故事例は、この蒲田富士の両雪庇付近だけではありません。

かつてF沢のコルでは、かの山学同士会の小西政継氏と共に冬期マッターホルン北壁第三登を成した星野隆男氏が、テントサイトの雪庇を踏み抜き犠牲となっています。
また蒲田富士直下の岩稜帯では、年末年始期にも、春の連休時にも犠牲者が出ています。
数年前には2400mより下部の樹林帯ですら、ブドウ谷への滑落で2名の命が喪われました。


161218 西尾根_F沢のコル
(2016/12/18 涸沢岳西尾根「F沢のコル」付近)


もちろん雪山である以上、ある程度のリスクがあるのは当然ではあります。
そしてそのリスクは「雪」というものの状態で大きく変わるもの。
例えば雪質の安定する2月から3月には、ワンデイで西尾根を登って穂高を滑る記録も見られます。

しかしこの年末年始時期というのは、おそらく最も雪の状態が変化しやすく不安定な時期ではないでしょうか。
滝谷やパチンコに挑まれる方にとっては、西尾根は単なるアプローチでありエスケープルートに過ぎないと思います。
しかし雪の状態が悪いとき(その多くは12月〜1月)には、かなりシビアなルートとなることもあるのです。

おそらく私はもう10回以上このルートを辿っています。
でも、同じ状況というのはほぼなかったし、不安定な雪やどうしようもない深雪に阻まれて敗退したことも一度や二度ではありません。
そして知れば知るほど、私はこのルートが怖く感じるようになってきています。

幾度か西尾根を辿ってある程度の経験を積んだ頃のことでした。
穂高岳山荘の冬期小屋で2週間近くを過ごした私は、どうしてもその日に下山したく、昼前には天気が崩れるのを承知で西尾根を下山したことがあります。
あの頃は「どんだけ吹雪いても、あの尾根ならルートを失うことはない」くらいに思い上がっていたのです。
悪天時の(いや晴天時であっても)西尾根の下降は、吹き上げてくる烈風にまともに向かい合わねばならず、また足元の雪面はその強風に磨き上げられてカチカチであり、ワンミスが命取りとなることは間違いありませんでした。
やがてどうにかF沢のコルにまで下降したときには、もうこれで滑落の危険はほぼない、と安堵していました。
ところが蒲田富士の雪稜に差し掛かかった頃に周囲の視界が見る見る閉ざされてしまい、雪稜の中で全くルートを判別できなくなってしまったのです。
なにしろ真っ白な中、雪と空との境もわかりません。
上部ではほぼ一定していた風向きも、その付近ではあらゆる方向から吹いてきます。
全くのホワイトアウトに陥った私は、内心「これはヤバい!」と焦りまくりで、どんどん冷静さを失っていったように思います。
今来た方向へ戻るということすら考えられなくなってしまっていた私は進退窮まってしまったのです。
どれくらいの時間そうしてたでしょうか。
ほんの数分だった気もするし、何十分も経っていたのかもしれない。
突如として、立ち尽くす私前になんと一羽のライチョウ現れたのです。
真っ白な中にウソみたいに、しかも平然とした顔して「アンタ、こんなとこでなにしとん?」ってな感じで。
そしてそいつがトコトコと歩いてくれたおかげで雪面の在り処が判別し、またなんというか自分自信の正気もとりもどせたのです。
やがてそのライチョウの進行方向のガスが切れ、ようやく地形を把握できは私は蒲田富士を無事に越えることでできたのです。
(この話、えらくマユツバに思われるでしょ? でもホンマなんです。)




161218 西尾根_烈風登山者
(2016/12/18 涸沢岳西尾根にて)





涸沢岳西尾根は、歩き始めの新穂高から換算すると標高差約2000m。
林道のアプローチに始まり、樹林帯の長い急登、雪の中での幕営、ラッセル、森林限界の突破、岩と雪のミックス帯、雪庇の出た雪稜、強風のアイスバーン…… 
西尾根はそうした雪山のエッセンスが随所にある悪くないルートだと思います。
上手く好天をつかめば、蒲田富士から涸沢岳への雪稜では滝谷やジャンダルムが凄い迫力で迫ってきますし、さらに涸沢岳から奥穂高にかけての稜線では、素晴らしい冬穂高を満喫できます。

しかし西尾根は、冬穂高の「一般ルート」とするにはいささか落とし穴が多いということも知って欲しいのです。





それではこの年末年始、みなさまのよい山旅をお祈りしております。













































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