- 2012-03-11 Sun 10:37:07
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「あの日」から一年。
きっと多くの人たちがそうであるように、
自分にできること、自分のすべきことを考え続けた一年だった。
ささやかではあるけれど、具体的なかたちとして残せたものもいくつかある。
ボランティアの合間のとある夜明け、宮城県亘理町の吉田浜で海から昇る朝陽を撮った。
その映像がドキュメンタリー映画 「傍(かたわら)~3月11日からの旅~」のファーストカットとなった。
(ちなみにこの映画のラストカットの満月も撮らせていただいた)
被災地でカメラを持つことに、ためらいがなかったと言えば嘘になる。
でもキャメラマンのはしくれとしてファインダーを通して被災地を見ることは、
僕に出来る数少ないことのなかのひとつであるし、そうすべきことであったとも思う。
映画「傍 ~3月11日からの旅~」予告編
しかしそれにしても、
まさか自分が生きているうちにこんな未曾有の災害を二度も目の当たりにするとは思わなかった。
(たのむからもうナシにして欲しい)
神戸が故郷である僕にとっては17年前の震災も忘れがたい。
震災当日の夜に普通のルートではダメで六甲を超えて神戸入りしたのだが、
その時に見下ろした、まったく灯りのついてない無惨な街の姿が脳裏に焼き付いている。
それで先日こんな映像を撮ってみた。
見た目には神戸の街はもう元の輝きを取りもどしている。
むしろ当時よりも明かりの量は増してさえいるかもしれない。
でもこの灯りひとつひとつに人の営みや暮らしがあって、
それそれが受けた傷がいまどうであるのかはわからない。
東北には、きっと一年が絶ってもまだ時が止まったままの方が大勢いると思う。
それでも、日はまた昇る。
きっと多くの人たちがそうであるように、
自分にできること、自分のすべきことを考え続けた一年だった。
ささやかではあるけれど、具体的なかたちとして残せたものもいくつかある。
ボランティアの合間のとある夜明け、宮城県亘理町の吉田浜で海から昇る朝陽を撮った。
その映像がドキュメンタリー映画 「傍(かたわら)~3月11日からの旅~」のファーストカットとなった。
(ちなみにこの映画のラストカットの満月も撮らせていただいた)
被災地でカメラを持つことに、ためらいがなかったと言えば嘘になる。
でもキャメラマンのはしくれとしてファインダーを通して被災地を見ることは、
僕に出来る数少ないことのなかのひとつであるし、そうすべきことであったとも思う。
映画「傍 ~3月11日からの旅~」予告編
しかしそれにしても、
まさか自分が生きているうちにこんな未曾有の災害を二度も目の当たりにするとは思わなかった。
(たのむからもうナシにして欲しい)
神戸が故郷である僕にとっては17年前の震災も忘れがたい。
震災当日の夜に普通のルートではダメで六甲を超えて神戸入りしたのだが、
その時に見下ろした、まったく灯りのついてない無惨な街の姿が脳裏に焼き付いている。
それで先日こんな映像を撮ってみた。
見た目には神戸の街はもう元の輝きを取りもどしている。
むしろ当時よりも明かりの量は増してさえいるかもしれない。
でもこの灯りひとつひとつに人の営みや暮らしがあって、
それそれが受けた傷がいまどうであるのかはわからない。
東北には、きっと一年が絶ってもまだ時が止まったままの方が大勢いると思う。
それでも、日はまた昇る。