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2011年08月 Archive
秋風
- 2011-08-25 Thu 04:48:51
- 穂高

(2011/08/24 am5:12 白出のコルより 朝焼け)
まぁ、よくこれだけ降って空の水が尽きんもんやなぁ と感心するくらい雨続きでしたが、昨日は待望の晴れ。
いったい眩しい太陽を拝むのはどれだけぶりだったでしょうか。

(晴天のヨロコビを表すバイトの“ソタロー”くん)
穂高岳山荘の建つ白出のコルは一年を通じて風の強い場所ですが、
唯一「夏」の間だけはその強い西風が吹きません。
でも昨日は、そんな夏の終わりを知らせるような風の吹く一日でした。

(風に揺れるコメススキ …なんかよくわからない写真でスミマセン)
昨日はその稜線を吹き抜ける秋風の中を、
信州から飛騨へ(つまり東から西へ)越えてゆこうとする蝶々を幾匹か見ました。
小屋の前の風の穏やかなところはヒラヒラと飛んでゆけるのですが、いざ稜線を越えようとすると強風にあっけなく押し戻されてしまいます。
まるで風に舞う落ち葉のようにはかなげな存在なのに、その蝶々たちは確かな意志と目的をもって何度も何度も立ち向かってゆくのです。
そしてなんと、やがて何かのおりにふぃと稜線を越えてゆくではないですか。
「あんな小さな体の、いったい何処にそんなエネルギーがあるんやろう…」
そういえば、
「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。
(ちょうちょがいっぴきだったんかいきょうをわたっていった。:安西冬衛)
【韃靼海峡】だったん-間宮海峡の旧称。」
という一行詩に、何ともいえない凄みみたいなものを感じたことがありました。
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山滴る
- 2011-08-17 Wed 17:57:07
- 穂高

(2011/08/15 雨上がり)
お盆休みも終わって、多くの方が酷暑のなか日常生活に戻られたと思います。
お盆の間はおおむね天候も安定していたので、
山へお出かけの方は良い山旅が満喫出来たのではないでしょうか。
さて、俳句の夏の季語に「山滴る(したたる)」というのがあります。
「滴る」の意は、
1,水などが、しずくになって垂れ落ちる
2,美しさや鮮やかさがあふれるばかりに満ちている。
勿論、季語の「滴る」は2,の意であるはずなのですが、
なんか今年の夏は1,の感じが強い。
それくらい「滴り」っぱなしで、ほんとに天気が悪い日が多いです。
穂高ではお盆が終わると秋風が吹くことはまま在りますが、
今年はいきなり「秋霖」となってしまったような長雨です。
ちなみに夏以外の季語はというと、
春は「山笑う」
秋は「山粧う(よそおう)」
冬は「山眠る」
それぞれの季節をこんなに短い言葉で見事に表しています。
この山にたとえた表現は、中国北宋の画家であった郭熙(かくき)がその著書「臥遊録」で絵画の極意として書いた文章だとのこと。
春山淡治(たんや)にして笑うが如く
夏山蒼翠(そうすい)にして滴るが如く
秋山明浄(めいじょう)にして粧うが如く
冬山惨淡(さんたん)として眠るが如く
う~ん、古の人の感性って凄いよなぁ。

(2011/08/10 ジャンと積乱雲)
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遭難事故
- 2011-08-08 Mon 18:12:49
- 穂高

悲しいことに先週末、穂高で遭難死亡事故が立て続けに起こってしまいました。
何というか、あり得ないことに何れも人工落石が原因です。
一件目は涸沢槍、二件目はザイテングラード
二件目のザイテンの事故は亡くなったのが62歳のおじいちゃんと8歳のお孫さんだったこともあり、
マスコミでもかなり大きく報道されたようです。
どんな命でも、その価値に軽重などはないはずなのですが、
やはり8歳の子供さんが、と聞くといたたまれない思いがします。
この2件の事故の特徴は加害者(つまり落石を落とした方)が特定されているということ。
山の遭難事故では珍しいケースだと思います。
警察も実況検分を実施し、過失致死事件として扱われるようです。
もちろんこの事故でお亡くなりになった方々へは、
心から哀悼の意を表したいと思うのですが、
一方で加害者となってしまった人たちのこともどうにもやりきれない。
皆、心に安らぎや喜びを求めて山へ訪れるのに、
それがこんなも悲しくつらいことになってしまうなんて…
とても哀しいことに、
穂高で命を失う人は平均すると年間10名を越えているかもしれません。
でも愛する山がそんな哀しい山であってはならない。
そんな想いを抱いて山に携わる多くの者たち、
遭対協の常駐隊員、県警救助隊や警備隊、ヘリ航空隊、山岳ガイド、小屋番…
みんな、時には起こってしまう死亡事故に無力感に苛まれながらも、
日々「山の安全」を守ろうと懸命に力を尽くしています。
そして実際に少なからぬ人々がその者達に救われています。
例えば先日の滝谷での奇跡的な救出劇。
北穂から涸沢岳へ向かっていた30歳前後のご夫婦のうち奥さんが縦走路から滑落、
約150mほどの急斜面を転がり落ちて骨折等の重傷を負ったというもので、
同行の旦那さんは何とか奥さんの所まで降りて救助を求めているとのこと。
知らせを受けた岐阜県警山岳警備隊の穂高常駐隊員3名が現場へ急行しました。
現場は滝谷C沢奥壁の断崖絶壁まであとわずかいう際どい場所で、
もう3m程も転がれば間違いなく命はないというギリギリの所でかろうじて止まっていました。
縦走路からおよそ5ピッチ、ロープを使って斜面を下降していきますが、
岩屑だらけの脆い斜面ではともすれば遭難者へ落石を落としかねず、細心の注意が必要です。
滝谷の真っ直中から重傷の奥さんを救うには、何としても現場から直接ヘリ収容したい。
迫り来るガスが視界を閉ざそうとする中で、
時間とも勝負しながらの懸命のレスキューとなったのです。
無線中継のために涸沢岳西尾根にいた僕の視界からも、時折現場は雲にかき消されてしまいます。
そんな中、岐阜県警航空隊のヘリ「らいちょう」が、
まさにギリギリのタイミングで滝谷の絶壁から奥さんを収容することに成功しました。
(その後続けて旦那さんをピックアップしようとしたときにはもう視界が効かなくなっていたほど)
無線を傍受していた僕も、その瞬間には「 っしゃぁぁぁ!!!」と思わず声が出てしまった。

(2011/08/03 北穂・滝谷で救助活動中の岐阜県警ヘリ「らいちょう」)
警備隊の中でも最古参のベテラン隊員の的確な判断と対応、
悪条件にもひるまない航空隊のヘリオペレーション、
現場でのサポートをかって出てくれた山岳ガイド、
2時間に及ぶ救助活動中に縦走路で文句ひとつ言わず待機してくれた登山者たち、
そんな関わった人たちすべての気持ちと技量が為し得た救出劇でした。
病院へ収容された奥さんの無事を知らされて、旦那さんは声をあげて泣いていたそうな。
…ほんとうに、よかった。
たぶんほとんど誰にも知られることもない「山猿たち」の懸命の活動とともに、
たぶんほとんど誰にも知られることなしに、山の悲喜劇は繰り広げられてゆきます。
でもそんな人間の営みなぞどこ吹く風で、ただ穂高は今日もそこに在る。
そういう山の無関心さというか寄る辺なさみたいなものが、
時に悔しくもあり、時に心地よかったりもして、
「人が生きている」ということを、何かことさらに感じさせられます。
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