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祈り (2)

  • Posted by: Hachiro
  • 2011-03-17 Thu 22:54:00
  • 未分類
今日で一週間。

雪の中の行列
(食料品店の開店を待つ)




被災者でない僕には、調子がよいことは何も言えない。
何の不自由もなく日常生活を営んでいる身には、
今苦しんでいる方々を安易に思いやることすらはばかれます。

被害規模は未だその全容がわかりませんが、
途方もない数の命が失われたのは間違いない。

しかしその傍らで、
いまこの瞬間を生きている、
生きようとする、
生き抜こうとする方々が大勢います。

この寒空の下、凍えながらもがんばっている方々を思うと、
どうか、今日降りそそいでいるこの早春の日射しが、
少しでも被災地を暖かく照らしてほしいと願わずにいられません。










山で、自分の関われるレスキューが発生した時には、ともかく早く現場へ!と日頃思っていますが、
この震災で被災地へ赴くのには逡巡がありました。

自分が行って何が出来るのか?
かえって何かしらの迷惑をかけることにならないか?
偽善的な行いで自分を満足させたいだけではないのか?
・・・・・・

そう自問自答する中、ニュースで伝えられる状況はどんどん酷くなっていきます。

もともと熟慮してから行動するタイプではないこともあって、
ええ~い、ともかく行ったれ! と、
走りながら考えたらええやないかっ! と、走り出してしまいました。



そして、いくつかの事を自分に課しました。

・食料、寝所、移動手段、燃料はすべて自分持ち、現地では一切調達しない
・危険地域へは踏み込まない
・ヤジウマにはならない


具体的なプランとしては、

・友人の苫米地サトロの住所=宮城県亘理郡亘理町(名取、岩沼市の南隣)を目指す。
・ルートは先ず富山へ出て物資を調達、高速で日本海側を北上し新潟へ。磐越道は津川から先が通行止なので日本海東北道を北上、荒川胎内ICから国道113号線で南陽市経由で宮城県へと入る。
・水(20㍑×3)、ガソリン(20㍑×2)、灯油(20㍑×3)、EPIガス(20ヶ)を持参。
・食料は日持ちするパン、ラーメンなどを調達、運搬できる範囲で持ってゆく。
・現場滞在は最大5日間とする。


以下、実際の体験情報をいくつか列記しておきます。

○ 日本海側(北陸道、関越道、日本海東北道)の各高速、国道113号線での目立った混雑はなく、新潟から概ね4~5時間で宮城県南部へ入れる。
○ ガソリンの入手は17日現在、新潟でも規制(一回20㍑程度)がある。まして山形県、宮城県内ではほぼ入手困難。
○ 新潟県内のスーパー、コンビニではほぼ通常の食料が調達可。山形県内は品薄、宮城県内は営業しているところが少ない。
○ 電気は13日夜の時点では宮城県境を越えたとたんどこも停電。その後、16日には白石市や亘理町の半分程度は復旧。周囲でも急速に復旧作業が進められている。(雪の降る中、黙々と電柱の上で工事を行っていた関係者の姿に感動)
○ ガスはプロパンなので(仙台市内はわかりませんが)使えるところが多い。
○ 水道は宮城県内はほぼ全滅。各避難所に給水車を見る。(福岡ナンバーの給水車を見た)

…など。





ところで、肝心のサトロの安否は現地へ入った翌日(14日)には無事が判明しました。
しかし本人と会えたのはその3日後となります。
その件はまた追って記します。





以下は元NHKのカメラマンで、
山岳撮影では有名な東野さんからのメールです。
被災の様子が生々しく伝わってくるのでご覧ください。

皆様
仙台の東野です。

いろいろご心配をされていらっしゃる方もおありでしょうが、
幸いに私は、家族ともども無事でいます。
ただ、親戚の1人の消息が分かりません。
海のすぐ近くで、多くの犠牲者が出た地域に住んでいました。

あの日(11日)は、
石巻高校時代の同期仲間13人で、牡鹿半島の離島、金華山の登山を終え、
船着場で帰りの船を待っていた時に、激しい地震に見舞われました。
すぐに津波が来ると予想して、落石で埋まった道路を駆け上り、高台に避難しました。
10分も経たないうちに、すさまじい津波が押し寄せてきました。
(あとで金華山は震源に一番近いところであることを知りました)

その夜は島の神社で夜を過ごし、翌日、津波が繰り返す中、
引き潮を利して迎えにきた船で、島を離れました。
上陸してみると、対岸の鮎川の街は形もなく、私たちが分乗していった車3台もどこへやら。
翌日、仲間のほとんどを避難所に残し、それぞれの家族へ連絡するため、
徒歩とヒッチハイクを重ねながら、3日かかって仙台に戻りました。
13人全員が生き延び、家族の下に戻ったのは地震から5日後の16日でした。

家に戻っても、安住の場ではありません。石巻の仲間は家屋が水につかり、
惨状を見る目から涙があふれていました。

大都市仙台もガソリン、燃料なし、食べ物の欠乏、さらにきょうは冬顔なしの大雪の追い討ち。
いらぬおまけまでつき、不足物資の買出しもつらいものがありました。
この大雪が、罹災した人たちの健康や救援活動、物資輸送に影響しないか、心配なところです。

さらなる気がかりは原発ですが、これは事態を見守るほかありません。

海外の知人、友人からも「日本、がんばれ」と励ましがきています。

東北以外のほかの地域の生活への影響も懸念されますが、若い人たちに、
夢ある未来を託すために、ここは我慢どころと腹をすえて、難局を乗り切りましょう。

また、報告がありましたら、お知らせいたします。

                                 3 月17日 夜 東野 良

鮎川

津波

(以上、写真は全て東野良さん撮影)






この想像を絶する事態の中、
それでも懸命に生きている方々が確かにそこにいます。


言葉にしてしまえばありきたりですが、
「いま自分に出来ることを真摯にやる」ことしか僕にはありません。



被災地の状況は、
今日よりは明日、明日よりは明後日と、ほんの僅かずつでも良くなって行くと信じます。




ただし「原発事故」

これだけはどうにもならない。



どうか、
どうか、頼むから…

















Comments: 1

あいこ URL 2011-03-18 Fri 21:15:57

改めて、
お帰りなさい。
八郎さんもサトロさんも無事で何よりです。

原発は心配ですね。
新潟にも避難されて来る方達がたくさんいます。少しでも、疲れた体が癒やされれば幸いです。

しかし、まだ危険な場所に命がけで動いてる方達がいます。
無事を祈るばかりです。

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