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奥穂〜西穂縦走雑感

  • Posted by: Hachiro
  • 2015-09-03 Thu 04:27:50
  • 穂高
いつの間にか夏山シーズンも終わってしまい秋霖の毎日です。

そんな今頃になってコースガイドでもないのですが、常々ちょっと気になっていた奥穂〜西穂縦走についての個人的な雑感を以下記してみたいと思います。



西穂〜奥穂 tx
(西穂から奥穂への縦走路全景 前穂より)




およそ地図に載っている登山路としては、おそらく日本一の難路ともいわれるこの縦走路ですが、近年このルートへチャレンジされる方が増加傾向にあるように思います。

人が「難しい」「困難だ」「危険だ」と言えば言うほど、興味をそそられ挑戦したくもなるものなんですね。



先ず個人的に強調しておきたいことは、ジャンダルムに代表される岩稜歩きの困難さばかりが強調されがちなこのルートではありますが、仮に西穂から奥穂へ向かう場合その積算標高差は約1200mとも1600mとも言われ、しかもその間に1000m以上を下降するという、実は非常な体力ルートであるということです。
もともと登りと下りとでは使う筋肉が異なり、これを繰り返すのはとてもハードであるのですが、単純にその標高差(例えば標高差1600mは、ほぼ上高地と奥穂山頂のそれにあたります)を登り降りするだけでなく、標高3000m付近の希薄な酸素の中で随所に手も使うクライミング的な動きを求められ、時にはその高度感に筋肉が緊張しまくった中で力を振り絞らねばならないのです。

言ってみれば筋トレしながら口鼻にはマスクをしてランニングをするようなもんとちゃうやろか?と。
(加えてそれに重いザックを背負ったりすれば、そらもうエライことでんがな…)



さて、このルートを考える場合『奥穂→西穂』と向かうべきか『西穂→奥穂』と向かうべきか? とよく尋ねられます。
僕は大抵「体力的には『奥穂→西穂』の方が標高を下げていくので有利、でも技術的には逆に多くの難所が下りとなるのでやや難しい」と答えていました。
基本的にはこれは当たっていると思うのですが、近頃は『奥穂→西穂』と『西穂→奥穂』は今まで思っていた以上に難易度に差があるのではないかと思い始めました。
つまり『西穂→奥穂』の方がかなり大変なのではないだろうかと。
その大きな要因は天狗のコルとジャンダルムとの標高差で、上の写真からもわかるように西穂から奥穂へと向かった場合は天狗のコルからのキツイ登りの後に、縦走路中のハイライトとも言えるジャンダルム〜ロバの耳〜馬ノ背を向かえます。
これはやはり体力的にかなり「くる」のではないかと。

もっとも『奥穂→西穂』も、ジャンからの長い下りで足が疲れた後に天狗ノ頭、間ノ岳、西穂と越えていくわけで、西穂の下り(特にピラミッドピーク付近)で事故が多いのもそれが原因かもしれません。
なので「危険度」ということでは変わらないのかもしれませんが、所要時間で言うと間違いなく『西穂→奥穂』の方が時間がかかると思います。
通常のプランニングであれば『奥穂→西穂』は山中1泊2日ですが『西穂→奥穂』は2泊3日となることからも、その中身の違いが伺えますね。
(ロープウェイの始発がもっと早い時間にあれば『西穂→奥穂』も1泊2日が可能かなぁ)

因みに大キレットはダンゼン槍(南岳)→北穂が有利で、逆コースは難所がモロに下りとなって難しくなります。
(知る人ぞ知る福井のタカハラさんのように「今朝、南岳まで往復してきたの〜」とまだ午前中の10時にもならない頃に山荘脇のテントで朗らかに笑っていらっしゃる方には、まぁどっちゃでも関係ない話ではありますが)





150823 ロバの耳
(2015/08/23 ロバの耳)




個人的には、現在この縦走路中で技術的に最も難しいのはジャンからロバ耳の小尾根を乗り越し、飛騨側へほぼ垂直の岩場をクライムダウンする箇所ではないかと。
(写真の斜面ではなくて、ココを登って右手へトラバースして回り込んだところ)

先日も切れた鎖の補修にジャンまで往復しましたが、行きの登りであればともかく、帰りの下りには「なんでココに鎖がないのん?」と思ってしまいました。

しかしながら技術的には難しい筈のそのロバの耳の岩場や馬ノ背、あるいは天狗ノ頭の逆層スラブなどでは、実はほとんど事故は起きていません。
逆に事故が多発するのは例えばロバの耳と馬ノ背の間の名もないピークの斜面であり、西穂の下りの何でもなさそうな岩場であったりします。

また先日のジャン周辺での2件の遭難死亡事故は、いずれもルートファインディングの誤りの結果としての滑落であると思われます。
つまり事故は危険とは見えない場所でこそ起きているのです。


人は目に見える危険には対処できても、目に見えない危険には無力なものです。
なのでその目に見えないものに対して、緊張感を持って自分を研ぎ澄まし、如何にその危険を感じて察知できるか、ということが重要でありましょう。
そしてそのベースとなるのは、やはり体力です。
疲れてくると当然注意力や判断力が損なわれてしまいます。
(いつぞや僕がコブ尾根の登攀後にロバ耳の懸垂で何でもないロープトラブルをやらかしたのも、まぁ疲れが大きかったのかなぁと)


キチンとしたガイドさん達が皆さん決まって口にするのは、このコースのガイディングの厄介さです。
例えグレートの高いクライミングルートであっても、確保支点が確実なもであればそれが例え難易度の高い垂壁であっても、むしろその方が余程ガイディングし易いと。
つまりこの穂高稜線に潜在的にひそむ危険は、プロのガイドさん達であっても(いや、であればこそ)ひと時も気の抜けないルートであるのです。
とても困難だけれども確実なプロテクションがとれる壁と、千か万にに一つしか起こらない不確定要素ではあってもそれが致命傷になりえるコースとでは、どちらがヤバイのか? ということでしょうか。

でも実際には縦走している数時間の間中ずっと緊張し集中するというのはムリというもの。
そこは自分自身と対話することでコントロールしていくしかないかなとは思うのですが、
僕が心がけていることとして、登りではあまりゼーハーゼーハーならないように呼吸に気をつけるくらいで基本的にはリラックス、逆に降りでは危険察知アンテナを全開にして緊張感を持つようにしています。
(ほんなら白出沢の降りみたいに「降りっぱなし」やったらどうすんねん? というのは、まー置いておいて)


それと連休などの多くの方が動いている日には「人為的な危険要素が増す」ということも考慮すべきです。
落石事故は、あたりまえの話ですが落とした下に人がいなければ何でもなく済むわけで、落とす落とさない以前にそもそもそういう位置関係になることに注意を払う必要があります。
落石を落とした人がダメなのは当然ですが、山ではそういう可能性のある場所で安易に下に位置するのもアカンのです。
もっとも人が多い場合は、そう言っていると全然進めなく時間がかかってしまうので、先行者と速度に差がある場合は何処で追い越すか、あるいは追い越してもらうかというのもテクニックのひとつでしょう。



とある日のお話、ヨーロッパのハイソなご夫婦が日本の「ビギナーズロッククライミングルート」であると聞きつけて西穂からの縦走に挑みました。
次々と現れる「困難」というより「危険」というべき難所に段々とイヤ気がしてきたらしいその若奥様を、旦那さんはなんとか宥めすかしながら、それでもようやくジャンダルムを越えてあと少しで奥穂という所までこぎつけたのです。
ところが最後の難所”馬ノ背”を前に彼女は「こんなアブナイ所を行けるワケないでショ! ワタシハモウイヤヨッ‼︎」と動けなく(動かなく?)なってしまったのです。
困り果てた旦那さんはとうとうレスキュー要請を出すに至ったのですが、通報を受けて僕たちが駆けつけてみると先のような事情であったので特に怪我をしているわけでもなく「まぁ、ほんならロープ確保しよか…」とルート工作することになりました。
そうこうする所へやはり西穂からの縦走のおじさんたちが4、5名ほどポツリポツリと馬ノ背に差し掛かってきます。
救助活動中であるので先に行っていただくことにして「どうぞ〜」と声をかけます。
すると「えぇ…」と答えるどの方も、その足取りは重くかなりお疲れの様子。
「コレ越えればもう難所はないですヨ。奥穂もすぐソコです!」という僕の言葉に頷きはするものの、何だかもうヘロヘロでみなさん通過して行かれます。
やがてロープセットも完了し、念のためショートロープで確保しながら彼女を促して馬ノ背へ取り付くと、なんと見事なバランスと身のこなしではありませんか。
そのことを後で彼女に尋ねると、ヨーロッパのドロミテなどでロッククライミングの経験はかなりあるとのこと。
でもそれは全てプロガイドとロープをつないでのクライミングであって、馬ノ背のような岩場をプロテクションもなしにひとりで歩くなんて考えられないということでした。
「うーん… そりゃあ、彼女の感覚の方がもっともなのかもしれんなぁ…  だいたいにおいて、麦わら帽子をザックにくくりつけたようなおっちゃんが、ヨタヨタと馬ノ背を歩いとることの方がオカシイよなぁ」などと思いつつ、その若奥様とロープをつないだまま小屋へと向かいました。
その道すがら、結局は馬ノ背で先行してもらった方々は全て追い抜いてしまい「こらぁレスキューせなあかん人を、オレは間違えとるんとちゃうやろか?」とつぶやく始末。

ま、山荘で「生きててヨカッタね〜」なんて美味そうにビールを飲む方々の充実感満点の笑顔には、僕も心の中で「ホンマにヨカッタっすね〜」と拍手してしまうのではありますけれど。



さて、このルートを最初に歩くならベストシーズンは今からの9月初中旬頃ではないかと思っています。
それは移動性高気圧の周期で天候を見定めやすいこと、真夏の暑さに体力を消耗することがないこと、
比較的登山者が少ないこと、天狗のコルからのエスケープルートに残雪の心配がないこと、などからです。
まぁ一般の方にとっては休日と好天とを一致させるのはなかなかに難しいことではありましょうが、もしもドンピシャでタイミングが合えば、サイコーの雲上の一日を過ごせると思います。

ただし9月も下旬頃になってしまうと、思わぬ気温低下に見舞われて岩にベルグラ(薄氷)が張り付いたりもします。
そうなるともう困難どころか不可能なルートとなりますのでご注意を。





長々と思いつくまま記してきてしまいましたが、最後にひとつ。


決して軽々しく人に勧めることはできない場所ではありますが、
ロバの耳からジャンダルムあたりのあの圧倒的な岩の感じは、僕はあれこそ「穂高オブ穂高」と思っています。
そして穂高の真髄に触れることの出来る縦走路があれだけの難路であることに、僕はどこか誇らしささえ感じているのです。


山に登る方は、その体力、技量、経験、は正にさまざまで、登ろうとする思いや理由も人それぞれでありましょう。
でもそんなこちら側の事情はそこにある自然には関係ありません。
ビギナーであろうがベテランであろうが、山は人を差別しません。
社長はんも会長はんも、山ではタダの人です。
そこに存在する危険や困難は誰もに等しくあるのです。
「オレダケハダイジョウブ」なんてことはあり得ません。


山では臆病になることがとても重要だと思います。
山を畏れること。
山に謙虚になること。
山の経験を積むとは臆病を重ねることでありましょう。






では山へ畏怖を撮した映像を最後にひとつ、

冬ジャン烈風 from Hachi Production on Vimeo.
































Comments: 6

西嬉の大将 URL 2015-09-12 Sat 21:36:36

とても参考になるご意見ありがとうございます。
三回も読んでしまいました。
次の機会に向け、より一層トレーニングに励みます。
時間の取れる時の13キロ担いでの市ヶ原往復トレに加え、2年ぶりに六甲全縦もやってみよう。
仕事の都合で連休にしか行けないませんが、できる事なら9月の初中旬に行きたいですね。
山に登るほどに、年を重ねるほどに臆病になっている自分に気付いています。
「山で死んではいけない」そう思って山に入っています。

Hachiro URL 2015-09-10 Thu 07:14:45

taos さま

ありゃ? ご指摘のとおり間違っていますね。
『西穂→奥穂』と訂正させていただきました。
ありがとうございます。

taos URL 2015-09-09 Wed 12:07:07

「所要時間で言うと間違いなく『奥穂→西穂』の方が時間がかかると思います。」は、『西穂→奥穂』ですよね?

迷走中の51歳 URL 2015-09-05 Sat 02:34:45

8月4日に西穂から奥穂にトライしました。ジャンで雨に打たれ、12時間近くかかり穂高岳山荘に無事到着。ヘロヘロでヘトヘトでした。
確かに、ジャンの後のロバの耳あたりが一番緊張しました。コースはあっているのか、何故鎖が無いのか、雨で滑るぞ、落ちたら、、、、。
ゆっくり、ゆっくり、そして三度目の奥穂の頂。

登山を始めて5年、穂高に出会って3年。八チローさんのブログをいつも楽しみに、時には笑い、時には涙し、拝見させて戴いております。
山小屋でも夕食時に、お顔を拝見させていただき、感謝の一言もかけることが出来ない自分の不甲斐無さに反省しております。

このブログのおかげで知ることが出来た、登山の楽しみ、厳しさ、辛さ、山の美しさ、怖さ、そしてジャンダルム。

特に体力がある訳でもなく、山仲間がいる訳でもなく、ただただ臆病に慎重に、足の遅い登山を楽しんでいます。

ハチローさん本当に有難うございます。今度、山荘で会う事があれば挨拶させていただきます。

ハチローさん、ジャンダルム、貴方達は最高です。

猫のシッポ URL 2015-09-03 Thu 11:29:29

全くその通りだと思います。
肝に銘じて山に登りたいと思います。

一応筋トレとジョギングは欠かせません。

日本海からの縦走時に、焼岳までのルートを考えています。
もちろんその時の体調・天候諸々の事を考慮しての事ですが。

いつも楽しい映像有難うございます。
山の優しさや厳しさ、怖さや楽しさ、風や雲の息吹が感じられます。

これからも一般登山者への戒めやコメント、映像等楽しみにしています。

では。

克子 URL 2015-09-03 Thu 07:49:19

ハチローさん、元気。
イイ!

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