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ジャン飛騨

  • Posted by: Hachiro
  • 2012-05-20 Sun 16:56:32
  • 穂高
先週は神戸、東京で「穂高・涸沢 Movie & Talk Session 」という催しがおこなわれた。
で、飛騨→信州→神戸→東京と旅の空となったのだが、
両会場とも大勢の方々にお越しいただけて楽しいイベントとなった。
また旧知の友人にもたくさん会うことができてとても嬉しかった。

わざわざ足を運んでくださったみな様、どうもありがとうございました。


さて今日は「ジャン飛騨」(ジャンダルム飛騨尾根)を登攀。

昨日東京から直接白出沢ゴルジュの幕営地に入り、今朝は2時起き3時発というなかなかハードな行程ではあったのだが、
クライミング映像の撮影のためプロガイドの木村道成さん他にご協力いただき、ナイスなクライミング&撮影を行うことが出来た。




ジャン飛騨01
(2012/05/20 8:32am ジャンダルム飛騨尾根にて)






ジャン飛騨
(2012/05/20 11:05am ジャンダルムと木村ガイド一行)




「ジャン飛騨」は僕ていどの技術でも楽しめる本格的なアルパインルートであるし、
特にこの時期は雪と岩、つまりは穂高のエッセンスを存分に味わうことのできる素晴らしいルートだと思う。

だが白出沢出合からだと標高差約1600mのロングルートとなるし、
ジャンの頂に立った後も「ロバの耳」の下降や「馬の背」のナイフリッジがあって気を抜けない。
(むしろこのルートの核心はこの縦走路かもしれない)

そして今日「ジャン飛騨」をたどりながら思わずにはいられなかったのは、やはり先日の間違い尾根での遭難である。

彼等はルート中の数々の難所をクリアしてきて、もうあと少しで穂高岳山荘だったのだ。
本当ならば吹雪のなか小屋にたどりつき、暖かい飲み物を手に「ちょっとヤバかったよなぁ」などと笑顔で語りあっていたに違いない。

なんとも残念でやりきれない。


今回の事故をうけて岐阜県の遭対協では間違い尾根の指導標をもっと分かりやすいものに作り替えてくれるそうだ。
また、来春期にはルートをさらに明確に示すためにフィックスロープの設置も検討している。




二度とあんな悲しい事故がおこらないことを願うとともに、
改めて心よりお二人のご冥福をお祈りいたします。







































Comments: 4

yamamoto yasuhiko URL 2012-05-31 Thu 22:47:14

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穂高山荘の皆さんのご活躍に涙が滲みます。また、その他の山小屋の皆さんも似たような立場でご活躍なさっているように思う場面を5月13日の蝶ヶ岳ヒュッテで拝見しました。日が落ちた夜7時半過ぎ若い男性が小屋に辿り着き、あと一人居ますの声で、小屋の方がベッドランプを付けてその男性とともに出迎えに飛び出して行かれました。やがて20分程度を経過し高齢の男性登山者を伴って小屋に入ったのは8時前後でしたが、その方は相当に疲労困憊のご様子で、廊下を歩くにも足取りが定まらない状態でした。小屋の食事もすでに終わっていたため、おそばでの夕食でした。消灯時間が迫った頃その方と会話をする機会があったため、横尾山荘を何時にお出になったのですか?と伺いましたら、9時に出られたとのこと。ということは、横尾から蝶ヶ岳ヒュッテまで10時間ですか?と思わず尋ねてしまいましたが、その方は樹林帯で1か所分かりにくいところがあったでしょう、そこで道を失いロスをしましたとのこと。当日はそのコースでは下りに5パーテイ10人を超える登山者に出会いましたし、登りも3パーテイ程度いましたので、かなり明瞭なトレースがついていただけにどこでミスコースをされたのか不思議でした。翌日は天気は持つとのことで、翌々日の15日は天候が崩れる予報もあり、14日は朝食後早々に6時半には小屋を出て、徳澤に下りました。他のパーテイも同様でしたが、昨夜の男性2名はまだ朝食中でした。14日は上高地宿泊し、15日の悪天候をやり過ごして16日西穂に登り直しましたが、15日は一日中雨でした。16日朝4時に上高地を出て西穂山頂までの日帰り登山を終えて上高地の宿に戻ると、蝶ヶ岳で一人行方不明とのこと。宿の情報と照合するとやはりあの男性2名のパーテイ中、高齢の方が14日中に横尾山荘に着かず、同行の長男の方の届け出で行方不明とのこと。15日は一日雨だったため安否が懸念されましたが、幸い16日に救助ヘリに発見され無事収容されたと地元新聞に顛末が掲載されていまして、本当に良かったと思いました。山はいくつになっても本当に尽きない魅力を持っています。他人事でなく技量、体力ともに自分に合った山を探すことは簡単なようでいてなかなか難しいものだなあと思います。体力、技量、経験、装備すべてが適合していても自然の猛威に砕かれることもあるでしょうし、山小屋関係者の皆さんのご苦労は本当に大変だと改めて感じた次第です。自分に合った山かどうか?山小屋関係者の方々の一声も本当に有用だと感じました。

海月 URL 2012-05-26 Sat 23:16:51

私は55歳の危ない山スキー屋です。先祖は戸隠八方睨の登山道を開き、父親から三代に渡り穂高岳山荘にお世話になっております。
私が二十代の頃は山荘からスキーをする者は稀で、小屋じまいの頃は小屋の皆様に無事にあずき沢を降れるか見送りをして頂きました。一昨日の5月に久しぶりにあずき沢を滑ろうと行きましたが、シュプールの多いのには驚きました。
山荘の方々も登山道の近くを滑ろうとする者の指導をしておられ、時代が変わり登山用具が進化し、動画ネットでより困難なルートの案内が溢れる中、山荘の方々の大変さがしみじみと感じられます。
親父の頃のキスリングとツルハシのようなピッケルとで登っていた時代は相当な体力と時間の余裕がなければ山屋はやれなかったようですが、時間との闘いの現在の登山では危険度が違う様な気がします。
穂高岳山荘の方々は益々大変だと思いますが山寺的な存在として今後も活躍して下さい。
父親が他界する前にジャンの写真を見せましたが、変わりない山容に魅入っていました。
山荘の健在を願っています。

岳人たちの姉 URL 2012-05-21 Mon 00:14:19

こんばんは。BLOG読ませていただいております主婦です。

間違い尾根で亡くなった二人を思いやって下さる言葉に、また涙がこぼれてきました。ありがとうございます。

お二人のうち若いほうの方は私の弟達の友人です。山の友であり、また大学院で共に学んだ学友でもあったようです。

真面目で一本気な彼は、「山に関する物にはお金を惜しまない。何故なら命に直結するから。」とおっしゃっていました。

ネットで心無い書き込みなどがあった中、こちらで、彼らの装備はキチンとしたものであったこと、最後まで風雪と闘った痕跡があったこと、が書かれているのを読んで涙があふれました。同時に、書いて下さったことに感謝しました。

先日彼の故郷で行われた送る会には、弟を含めそれぞれに仕事の都合をつけて100人程の友人が集まったそうです。

私は山を知りませんので、このような事が身近で起きると、弟達には山をやめて欲しいと考えてしまいます。彼も弟達も真剣に真摯に山に向き合ってきましたが、その姿を知っているからこそ今回の事故は余りにも悔しくてつらいものでした。二度とこのような悲しい事故が起こらないでほしいと心から切に切に祈っております。
最後に、どうぞご自愛の上、これからも尊いお仕事をなさって下さい。あたたかいBLOGを本当にありがとうございます。

jas URL 2012-05-20 Sun 22:39:18

金曜日の東京でのイベントに行ってきました。
山の最前線での生きたお話し、とても勉強になり、楽しめました。
こういうイベントをこれからもまた開催してくださると嬉しいです。

ジャン・奥穂間の標識が分かりやすくなること、ありがたい限りです。
一度歩きましたが、やはり迷いそうになったので…(^^;)

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